コスモスケア株式会社
社員対談
日常を守るために必要なこととは
高齢者や障がいのある方など、日常生活に支援を必要とする人たちを支える介護・福祉の仕事は、簡単に止めることができません。「福祉の仕事をしている人は、人のために何かをしようという思いが強い。だからこそ、自分の生活を差し置いてでも、お客様を支えようとしてしまう」そう話すのは、介護と福祉サービスを提供しているコスモスケア株式会社の佐藤社長。利用者を守りたい。でも同時に、支える職員も守らなければ、支援そのものを続けられなくなってしまう。東日本大震災、コロナ禍、豪雨など、さまざまな非常時を経験しながら「機能するBCP」とは何かを考えているコスモスケア。経営陣と現場で働くみなさまに、お話を伺いました。
コスモスケア株式会社
介護・障がい福祉・シニア向けサービス
平成12年に創業。仙台市内と松島町を中心として31ヶ所に事業所を展開。従業員数は350名を越す介護と福祉のサービス企業です。総合的なノウハウを活かした、質の高い介護サービスをご提案しています。
インタビュー先:

佐藤社長

後藤常務

赤間さん、髙橋さん、新沼さん、蜂谷さん(左から)
地域の想いに応え続けた、25年。
コスモスケア株式会社は、仙台市内と松島町を中心に、高齢者や障がいのある方への福祉サービスを展開しています。会社が生まれたのは、介護保険制度がスタートした25年ほど前。当時ケアマネージャーをしていた佐藤社長のお母様に届いていた声は「この地域にも介護施設を」という切実な言葉。
佐藤社長
この地域にも施設をつくってほしい。そんな言葉が今でも数多く寄せられています。母を見て、地域から本当に求めれている仕事なのだなと感じました
高齢者のためのサービスが今ほど整っていなかった時代。地域の困りごとに一つひとつ応えるように、事業を広げてきたのがコスモスケアの始まりです。現在は、デイサービスや訪問介護、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅に加え、障がいのある方への就労支援など、時代とともに「介護」という言葉の意味も変化する中、その領域も広がっています。
一方、現場で行われているのは、決められたサービスを提供することだけではありません。デイサービスでは、入浴や機能訓練だけでなく、人との交流を楽しみに訪れる利用者も少なくありません。ショートステイでは24時間の生活を支えながら、利用者が安心して過ごせる環境をつくり、その家族にも休息してもらう。一人ひとり違う「その人らしさ」に向き合うことが、日々の仕事。だからこそ、災害が起きても「今日は支援できません」と簡単に終わらせることはできません。
そんな、地域の困りごとに応え続けてきた25年。その歩みは、決して平穏なものばかりではありませんでした。


震災、コロナ、豪雨。それでも行動を止めてはならない。
コスモスケアにとって、非常時は想像の中だけの話ではありません。これまでにもさまざまな過酷な状況への対応が求められてきました。
後藤常務
東日本大震災のときは、当時複数あった事業所を車で回りましたが、電気や暖房が使えない施設では、何よりも暖をとるのが最優先。寒さの厳しい中、数少ない石油ストーブを事業所へ運び続けました
コロナ禍では、現場にも大きな影響がありました。
新沼さん
職員18人のうち半分以上が出勤できなくなって、デイサービスを2日間休業しました。そのとき大変だったのが、利用者さん一人ひとりの安否確認でした
さらに豪雨の際には、事業所周辺の道路や職員駐車場が冠水し、送迎中の利用者を「どうやって自宅まで送り届けるか」という問題にも直面したそうです。
新沼さん
福祉車両って、車高が低いんです。だから水にも弱い。テレビやインターネットの情報だけでは分からないので、実際に道路を見ながら帰れるルートを探しました
蜂谷さん
津波警報が出た際には、利用者さんを屋上へ誘導する必要もありました。でも、なぜ屋上へ連れて行かれるのかわからず、不安になってしまう方もいらっしゃいます。避難させるだけではなく、その方にどう安心してもらうかまで考える必要があります
災害時にも、利用者の生活は続いています。だからこそ、介護・福祉のBCPでは、「仕事場の環境をどう守るか」だけでなく、目の前にいる「人」のために何ができるかを考え続ける必要があります。


BCPはできた。でも、本当にみんな使えるのか。
介護事業者にBCP策定が求められるようになり、コスモスケアでも拠点ごとにマニュアルを作成しました。そのボリュームは50ページほど。しかし、経営メンバーではある不安があったそうです。
佐藤社長
拠点によってもBCPへの意識には違いがあるので、実際の非常時に、社員みんなが同じ意識を持ってこのマニュアルを使えるだろうか、という不安がありました
実際、津波の避難指示が出たり、豪雨による冠水を経験したりしている沿岸部の事業所では、災害は常に「自分ごと」になっているそうです。一方、そうした経験の少ない拠点では、同じ会社であっても災害への実感が違うのかもしれません。
後藤常務
東日本大震災もそうですが、時間がたつと、どうしても他人ごとになってしまう。常に自分ごととして考えていくことが大事だと思っています。意識の高い社員を含めた意見交換の場をもっと増やしていきたいですね
家庭を持つ人、一人暮らしの人、家族の介護をしている人。そして外国人の職員。災害が起きたとき、何を心配し、どう行動しようとするのかは一人ひとり違います。だからこそ必要なのは、マニュアルを置いておくことだけではない。そうやってBCPを「読むもの」から「機能するためのもの」に変えていく取り組みが必要です。


現場でやってみたら、「足りないもの」が見えてきた。
BCPを実際の行動やマニュアルに置き換えてみると、現場からは次々と具体的な課題が出てきました。ショートステイを担当する髙橋さんがまず心配するのは、「職員をちゃんと配置できるか」ということ。
髙橋さん
地震で電車が止まれば、出勤できない職員が出てきます。さらに夜間なら、より少ない人数で多くの利用者を守らなければなりません
デイサービスの新沼さんも、実際に利用者を上階へ避難させたときに気づいたことがありました。
新沼さん
50人近くが一度に上の階へ避難したことがあったんですが、そこで気づいたのがトイレでした。数が全然足りない。だったらポータブルトイレをすぐ使えるようにして、避難するときに一緒に持っていかなければいけなかったなと
実際に動いてみたからこそ、「あると思っていたものがない」「足りると思っていたものが足りない」ということが見えてきます。
赤間さん
有事の際の対応の流れを想像し、職員が実際に動いてみて何が足りないのかを自分で考えることが重要だと感じています。計画を立てたら終わりではなく、実際にやってみて、見直していく。その繰り返しだと思っています
髙橋さん
有事の際にどう動くか考えなければという意識は生まれてきています。でも、まだまだこれからですね
夏に停電したらエアコンはどうするのか。水が止まったら。職員が来られなかったら。BCPを策定し、マニュアルを用意したことで安心するのではなく、むしろ「まだ考えていなかったこと」に気づく。そして、その気づきを一つずつ次の備えに変えていく。それも、BCPをつくる大きな意味なのかもしれません。



支える人も、支えられる人も。そして地域も。
佐藤社長はBCPを考える中で気づいたことがあるそうです。
佐藤社長
介護・福祉の仕事に携わる人は、誰かのために何かをしたいという気持ちが強い。東日本大震災でも、自宅が被災しているにもかかわらず、事業所に泊まり込んで利用者を支えた職員がいました。その思いは、福祉の仕事にとって大切なものです。でも、それが“自己犠牲”になってはいけないと思います
佐藤社長
利用者を守ることと、職員を守ること。そのどちらかを選ぶのではなく、どちらも守れる仕組みをつくることが、支援を続けることにつながると思っています
そして、その先にコスモスケアが見ているのが地域です。東日本大震災の際には、プロパンガスでシャワーを使うことができた施設を地域に開放したこともあったそうです。そもそもコスモスケアは、地域の「困った」という声から生まれ、25年間、地域とのつながりの中で事業を続けてきた会社。だからこそ、BCPも自分たちの会社だけを守るためのものではないという考えが浸透しているのかもしれません。
利用者を守る。職員を守る。事業を続ける。そして、できることがあれば地域も支える。誰かを支え続けるためには、支える側も守られていなければならない。
その両方を考え続けることが、コスモスケアにとってのBCPを「身につける」ということなのかもしれません。





社員が語り合う機会の醸成
時間経過とともに東日本大震災の際の経験を知らない社員が増えていたが、コロナ禍や台風での経験を含めて語り合いながら知見を深める機会が増えた。
現実性のある非常時の備え
台風の際にトイレが足りなかった。などの経験を踏まえてポータブルトイレをすぐ使えるようにするなど、現実的に必要になる備えを考え続けられるように。
支え合う勤務体制に
それぞれの部署ごとに求められている現場の状況や、通勤などに対する個々の事情などを理解した上で、会社全体として支え合う体制への意識が高まる。
写真:SENCE OF WONDER
インタビュー・⽂:太⽥伸志(Steve* inc.)